近年、「401(k)プランを新たに導入しましたが、法人税で税額控除を受けられますか?」というご質問を多くいただいています。実は、アメリカでは一定の要件を満たす中小企業が退職年金制度を新たに導入する場合、設立や運営にかかる費用の一部について税額控除を受けられる優遇制度が整備されています。これが、内国歳入法第45E条(IRC Section 45E)に基づく「小規模企業退職制度導入費用税額控除(Small Employer Pension Plan Startup Cost Credit)」です。本記事では、この税額控除制度の概要、適用条件、注意点についてわかりやすく解説します。
■ 対象となる企業
この税額控除の対象となるのは、以下の要件を満たす企業です:
- 従業員数が100人以下
- 少なくとも従業員1名が、当該年金プランに加入している。ただし、その1名は高額所得者ではない。
「高額所得者」とは、前年に企業から一定額以上の報酬を受け取った従業員を指します。例えば、2024年における「高額所得者(Highly Compensated Employee)」判定は、2023年の報酬の合計が15万ドル以上の従業員が該当します(この金額は毎年IRSにより調整されます)。
■ 対象となる退職制度と控除額
本クレジットの対象となる退職年金制度には、以下のような確定拠出型制度が含まれます:
- 401(k):401(k)プランは、IRC Section 401(k) に基づいて設けられた、従業員が自分の給与から自動的に拠出し、老後のために積み立てる制度です。雇用主によるマッチング拠出(会社が一部負担)があることも一般的です。
- SEP IRA(Simplified Employee Pension Individual Retirement Arrangement):企業(または自営業者)が従業員のために積み立てることができる確定拠出型の退職年金制度です。個人のIRA(個人退職勘定)をベースにしており、手続きが簡単で運用コストが低いのが特徴です。
- SIMPLE IRA(Savings Incentive Match Plan for Employees Individual Retirement Account): 従業員100人以下の企業向けに設計された、低コストで運営が比較的簡単な確定拠出型退職年金制度です。従業員と雇用主の両方が拠出できるのが特徴で、401(k)よりもシンプルかつ手続きが少ないため、特に小規模事業者に適しています。
これらの制度を新たに導入する際の設立費用・管理コスト・従業員向け説明費用などのうち、最大100%(年間最大5,000ドル、最大3年間)を税額控除することができます。
■ SECURE法・SECURE 2.0法による追加控除
さらに、2022年に成立したSECURE法およびSECURE 2.0法により、雇用主が従業員のために行う年金拠出に対し、1人あたり年間最大1,000ドルの追加税額控除が導入されました。この追加控除は、制度開始から5年間にわたって段階的に縮小していきますが、従業員数が51~100人の企業については控除額が段階的に減額されるため、特に小規模企業に有利な設計となっています。
■ 注意点:グループ会社・関連会社の従業員数も合算
税額控除を受ける際には、関連会社(Controlled Group)やサービス関連グループ(Affiliated Service Group)との関係にも注意が必要です。例えば、同一オーナーが50%以上の持分を保有する複数法人を持っている場合、それらを1つの雇用主とみなして従業員数を合算しなければなりません。そのため、たとえ別法人であっても、合算した従業員数が100人を超えると、クレジットの対象外になる可能性があります。グループ関係を適切に把握せずに申請すると、後日の否認や修正申告、ペナルティのリスクもあるため、慎重な確認が必要です。
■ 事業形態に関係なく適用可能
この税額控除制度は、法人格や事業形態(C corporation、S corporation、LLC、パートナーシップ、自営業など)を問わず、要件を満たす事業者であれば広く適用されます。たとえ法人化していない場合でも、適格な退職年金制度を新たに導入する中小事業者であれば、クレジットを受けることができます。
中小企業にとって、従業員の福利厚生を充実させることは人材の確保・定着につながる重要な戦略の一つです。401(k)プランなどの退職年金制度を新たに導入する際には、税額控除制度を活用することで、初期費用や運用コストの一部を軽減することが可能です。ただし、適用要件やグループ会社との関係など、制度には慎重な確認と対応が求められます。すべての企業にとって一律に導入が有利とは限らないため、自社の事業規模・人員構成・経営方針を踏まえ、専門家と相談しながら導入の可否を検討することが重要です。
記事に関するご質問は、柴原 舞([email protected])まで。CDHでは米国在住の個人の税務申告作成のサービスを行う傍ら、これらの人たちのさまざまな問題点、疑問点を解決、説明すべく日々努力しております。またこれらの人たちが抱える問題は日米の税法をはじめ、移民法、生命保険、リタイアメントのルールなど複雑、多岐にわたります。この記事は複雑な税法や、複雑な規制をできるだけ簡単にポイントだけを理解していただく目的でお伝えしています。したがって例外もたくさんあります。実際にアクションを取る場合は、必ず税務・法務などの専門家と相談をしてください。
CDHの税務サービスについては、https://www.cdhcpa.com/ja/personal-tax/
税務などの最新ブログをご覧になりたい方は、https://www.cdhcpa.com/ja/news/
最新ニュース満載のNewsletterを毎月受け取られたい方は、https://www.cdhcpa.com/login/
の左下の申し込みセクションをご記入の後、Submitしてください。
クロスボーダー個人税の世界に飛び込んで来たい方も大募集です。一緒に学びながら、クライアントから求められるプロフェッショナルになりましょう。
採用情報は、https://www.cdhcpa.com/careers/で。それ以外のご質問は、[email protected] までご連絡ください。
本記事に関する注意事項(DISCLAIMER)
本記事の情報を、権利者の許可なく複製、転用等することは法律で禁止されています。本記事は、法律上または専門的なアドバイスの提供を意図したものではなく、一般的情報の提供を目的とするものです。本記事の掲載情報の正確性、鮮度等については万全を期しておりますが、利用者が本情報を用いて行う一切の行為、生じる結果や損失に関してCDH, P.C.及び筆者は何ら責任を負うものではありません。法律や政府の方針は頻繁に変更されるため、実際の税務処理に当たっては、必ず専門家の意見を求めてください。