生前贈与がダメになる」。2021年に発刊された日本の雑誌にこんなセンセーショナルな見出しがありました。チャンスはあと2回だけ!?とか、残り2週間!駆け込み贈与術!とか、“年110万円までは非課税”がなくなる!といった、いささか煽るようなキャッチコピーも見られました。新年が明け、その駆け込み2週間は終わってしまいましたが、実際にアクションを起こした読者もおられるかもしれません。起こさなかった人、初めて知った人、さて、今年2022年にしておくとよいことはあるのでしょうか?

1.生前贈与がダメになる。その心とは?
このような記事が掲載された雑誌の例をまずはご紹介します。
週刊ダイヤモンド 2021年12/18 年末年始に家族と話す!生前贈与 駆け込み相続術
週刊ダイヤモンド 2021年8/7・14 海外マル秘節税術 富裕層の相続
週刊東洋経済 2021年7/31 生前贈与がダメになる 相続の新常識
週刊ダイヤモンド 2021年1/16 夫婦の相続 “おしどり認知症”に備えよ!

要するに、日本では(アメリカなどと違って)贈与税と相続税が一体化されていない。そのため相続・贈与のルールをうまく活用した生前贈与の方法、いわゆる“相続税対策の王道”がある。しかし、その方法が使えなくなるかもしれない方向へ税制改正が進んでおり、相続税の大増税時代が迫っているというもの。

基本的な仕組みとして、日本において、税の不公平を防ぐために(相続税と比べて)贈与税には高税率が課せられキツく設定されています。具体的には、相続した場合の基礎控除額は3,600万円(相続人が一人の場合)。つまり、この3,600万円までは相続税がかからないのに対し、贈与を受ける場合の基礎控除額は一人当たり年110万円までです。

また、「贈与税の3年内加算」といって、贈与者(財産をあげる人=被相続人)が亡くなった場合、その過去3年以内に贈与していた分は(基礎控除額110万円以下であっても)贈与と認められず相続に戻されてしまうというルールさえあります。

贈与のルールのほうがキツいのに、なぜ生前贈与が王道といわれるのか?

それは、たとえば:

  • 一人当たり110万円の非課税枠で、早い時期から長年コツコツと贈与しておく。
  • 「贈与税の3年内加算」ルールにより贈与が取り消しにならない相続人(世代飛ばしや子供の配偶者)へ、贈与しておく。
  • 累進課税の構造を活用して、贈与税がかかっても110万円の少し超えた金額をコツコツ贈与しておくことで、最終的な相続における税額よりも結果的に低く抑えられるポジションをとる。

といった相続税対策を講じることができるからです。そして、これに待ったをかける税制改正が2022年以降にあるかもしれない。具体的には、「一人当たり110万円」という暦年贈与の撤廃、「3年内加算」の年数引き延ばし、「世代飛ばし」の廃止が起こるかもしれないとして、各雑誌が「2022年になる前の駆け込み生前贈与」を大きく取り上げていたのです。

2.日米クロスボーダー家族にできることは?

さて、現在アメリカに住んでおられるご家族にとって、この“あるかもしれない”税制改正に対して何かできることがあるのでしょうか。

ここでは、日本とアメリカのクロスボーダーの視点で考えてみたいと思います。

特に焦点となるのは次のような場合です:

  • 日本への本帰国を検討している。
  • 子供が(あるいは自分が)日本の大学へ進学するかもしれない。
  • 子供が(あるいは自分が)日本での就職を視野に入れている。

このようなケースに共通するのは、「現在アメリカに住んでいるが、家族の誰かが生活の基盤を日本へ移そうと計画していること」です。そしてここで登場するのが、「日本国外居住の10年ルール」です。

  • もらう人もあげる人も10年以上アメリカに住んでいるのなら、アメリカに住んでいる間にアメリカの財産の贈与をしておくことは功を奏するかもしれない。
  • もし既にどちらかが日本に住んでしまっていたとしても、日本の基礎控除額110万円相当のドル換算額を毎年贈与しておけば、日本の贈与税は発生せず、またアメリカのほうでも贈与申告の必要もないかもしれない。

もちろん、最適な解は、ご家族の将来設計や状況により千差万別ですので、これらは参考にとどめておいていただきたいことをお願いし、以下に国税庁の表をご紹介します(ここであげられている10年ですら引き延ばされる可能性があるともいわれています)。

Source:国税庁「No.4432 受贈者が外国に居住しているとき」
国税庁「No.4138 相続人が外国に居住しているとき」

上記表中、黒色セルの区分に該当する受贈者(もらう人)が贈与により取得した財産については、(日本)国内財産及び(日本)国外財産にかかわらず全て課税対象になりますが、白色セルの区分に該当する受贈者が贈与により取得した財産については、(日本)国内財産のみが課税対象になります。つまり、大雑把にいえば、日本人で受贈者(もらう人)も贈与者(あげる人)も10年以上日本国内に住所がない場合、日本国外財産(アメリカにある財産)の贈与については日本の贈与税は発生しません。国税庁「No.4432 受贈者が外国に居住しているとき」より。

もちろん、“住所”が何を指すのか、“財産”とは何を指すのか、“財産の所在”をどう考えるのか等の詳細は省き大枠を説明しているにすぎませんので、実行前には必ず日本税務専門家へご相談ください。

3.おわりに

 日米のクロスボーダーの贈与というのは、複雑で長期計画が必要です。贈与には必ず相手がいます。贈与者、受贈者の年齢や、それを取り巻く家族構成の考察、家族一人一人の人生設計、我が家にどんな財産がどれだけあるか、向こう10年単位の自分の資産形成の計画、人生100年時代の自分自身のキャッシュフロー、そして税制改正のトレンドなど、様々な要素が合わさった方程式から最適解を出していくものでもあります。是非、この機会にご家族の贈与の形を考えてみてください。

この記事は、複雑な税法や規制をできるだけ簡単にポイントだけを理解していただく目的で提供されています。内容が不確かな場合、実際のアクションを取る際等には、常に税務・法務などの専門家と相談をしてください。

記事に関するご質問は、ハラー基江[email protected]まで。CDH会計事務所では米国在住の個人の税務申告作成のサービスを行う傍ら、これらの人たちのさまざまな問題点、疑問点を解決、説明すべく日々努力しております。弊社のYouTubeクロスボーダーチャンネルではいろいろな内容を取り上げて説明しています。是非ご覧ください。また無料相談も行っています(予約リンク)。